2016年12月31日

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Japanese version of the article „zum Jahreswechsel“ originally postet in German on December 31st 2016 by Friedensdorf Team. 2017年に向けて 2016年12月31日 ここ最近、ヨーロッパ、そしてドイツでも、テロ脅威のため、緊迫した状況にありました。私たちは、もう、この悲惨な現状の傍観者ではありません。家族や友人に何か起きていないかと日常的に考えるようになっています。アフガニスタン、ガザ、シリア、イラク、イエメンや他の世界中の多くの国々では、もう何年も何十年もこのような状況が日常であり、子どもたちがそのような状況の中、成長しているのです。 2017年、ヨーロッパが更なる問題に向き合うことは、すでに想定内です。イタリア、オランダ、フランス、そしてドイツでは、重大な選挙があります。今日、その全ての国で、明らかに右派の支持が増えています。地球上で、紛争、危機的状況は減少することなく、それらが明らかに、人々が難民として国を去る理由とされています。 一般的には、年越しの際に新年の希望や抱負を考えますが、ドイツ国際平和村は民主的価値観、団結、そして人間らしさを訴えます。共に、過去数十年の成果に目を向け、団結して、これからの問題にチャレンジしていきましょう。一般論や総括的な責任問題では、偏見や外国人嫌悪を解決することはできません。私たち自身にかかっているのです。私たちが、テロリストや過激派が破壊しようとしていることを、私たち自身、そして社会のために受け入れなければいいのです。 ドイツでの治療が必要なため、ドイツ国際平和村へやってきている子どもたちが、日々、私たちに証明してくれています。病気やけがによる制限があっても、肌の色、宗教、母国が様々でも、平和に共に生活することが可能であるということです! ドイツ国際平和村は、2017年、設立から50年を迎えます。紛争、危機的状況にある子どもたちへの人道援助活動を行っているドイツ国際平和村は、国内・海外ともに、政党に左右されず、宗教上も中立の立場で、もっとも貧しい人々のために尽力しています。 「ドイツ国際平和村のような施設が50年も存在し続けたことは、本来なら残念なことです。しかし、世界の状況から見ると、多くの子どもたちやその家族を救うことができるという意味ではよいことなのです。」とある友人が言います。2016年も、紛争や危機的状況にある国の何百もの家族にとって大切な希望を届け、援助を提供することができました。 … Weiterlesen

日本での平和村ネットワーク

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Japanese version of the artikel „Friedensdorf-Netzwerk in Japan“ originally postet on November 9th 2016 2016年11月9日 ドイツ国際平和村施設を訪れる日本の方々に、なぜ平和村施設に来られたのか聞くと、大抵の場合、ドイツ国際平和村のことを日本で聞いたことがあるからだという答えが返ってきます。多くの日本の方々が、ヨーロッパ旅行を機に、平和村施設を訪問してくださいます。 日本でも、インターネットといったメディアやソーシャルネットワークは大きい力を持っています。それによる繋がりはとても大切です。さらに、人と人とが直接会うことは、そのようなツールよりもより深く人と繋がることができます。平和村で繋がった仲間たちは時折日本で集い、平和村の話に花を咲かせ、平和村の活動や子どもたちのためにできること、例えばチャリティイベントの企画などを考えて下さっています。今回はそのような集いに、ドイツから平和村日本人スタッフの中岡麻記も参加しました。 今回の集いは、女優東ちづるさんとピースボートの皆さんが発案してくださいました。女優東ちづるさん、ピースボートの皆さん、テレビディレクターの河原剛さん、ドイツ国際平和村を支援して下さっている方々、ドイツ国際平和村の元住み込みボランティアの皆さんが、11月初旬、東京に集まりました。ピースボートは、世界一周の旅を提供し、乗客同士の交流、ゲスト乗客による船上セミナー、寄港地において国際交流ができるようなプログラムを組んでいる団体です。東ちづるさんが繋いで下さり、2015年6月にはじめてピースボートのスタッフの方が平和村施設を訪れてくださり、企画について話をする機会を持ちました。その後、2016年5月にピースボートの乗客のうち24名とスタッフ2名の皆さんが訪問して下さったのです。ピースボートのスタッフの方によると、来年5月のクルーズの際にも、ドイツ国際平和村の訪問を企画してくださっているそうです。 平和村のドイツ人スタッフは、ドイツ国際平和村はドイツより日本での方が知名度があるのではと言います。ドイツ人スタッフがそのように言うほど、多くの日本の皆様からの温かい気持ちに支えられているドイツ国際平和村ですが、その歴史には女優東ちづるさんが大きくかかわっています。東さんは約20年の間、定期的にドイツ国際平和村を訪れ、母国日本で支援活動を続けて下さっています。平和村で「チー」という愛称で親しまれている東さんは芸能生活の傍ら、平和のためにボランティア活動にも積極的に取り組まれています。東さんの活動を通じて、ドイツ国際平和村に来て6か月から1年もの間住み込みでボランティアをすることを決意する方もたくさんいらっしゃいます。そして、定期的にご寄付をお送り下さるサポーターの皆様、チャリティイベント、コンサートを企画して下さる皆様、学校や企業、店舗などで募金活動にご協力下さる皆様、たくさんの日本の皆様の温かいお心、お力により、ドイツ国際平和村はこれまで活動を続けることができました。この場をお借りして、心から感謝申し上げます。

8回目のガンビア援助 -貧困、希望、感謝の気持ち

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Japanese version of article „Achter Friedensdorf-Einsatz in Gambia: Armut, Hoffnung und Dankbarkeit“,orgininally posted on 18th of October 2016 2016年10月15日、治療を終え元気になった子どもたちが6人、ドイツ国際平和村スタッフとともに、母国ガンビアへ帰りました。ベルギー・ブリュッセル空港まで行くのも、セネガルの首都ダカールでの乗り継ぎも、長い時間がかかりましたが、子どもたちはやっと帰国することができました。この子どもたちは、母国では治療のできない病気やケガを治療するために、ドイツに滞在していました。子どもたちに付き添って現地入りしたスタッフは、「もちろん子どもたちは長い飛行で疲れていました。しかし、ドイツから来た私たちに振り返ることなく、喜びにあふれながら家族とともに家路に向かう子どもたちの姿は印象的で、その姿を見れたことを嬉しく思いました。子どもたちはようやく本当に『ホーム』に帰ったのです!」と報告しました。 ドイツ国際平和村は現地パートナー団体「Project Aid The Gambia」とともに、2012年からガンビアへの支援を続けています。複数のコンテナで、緊急に必要な物資も現地に届けており、前回の輸送では何台もの病院用ベッドも送りました。平和村スタッフの現地入り中には、支援が受けられるかを聞くために、ケガや病気を抱えた子どもたちとその家族が面会に来ました。一見設備が整っていそうに見える首都の病院でさえ、人々に提供できる医療状況は整っているとは言えず、また消耗品の物資が不足していることに、現地入りスタッフは驚きを隠せませんでした。反対に、ポジティブな印象として深く残ったのは、それほど期間がたっていない現地パートナー団体に信頼をよせて、活動することができていることです。ガンビアの現地パートナー団体との協力活動は始まってからまだ日が浅いですが、信頼関係が築け、良好な協力活動が行えていることです。「ドイツ国際平和村は、ガンビアでは外国の団体です。ドイツ国際平和村が現地の状況や社会情勢を知っている現地パートナーと共に活動できるからこそ、このように本当に現地の人々が求めている活動や持続的な活動を続けることができるのです。」と、現地入りをしたビアギット・シュティフターは言います。 そして、10月17日、現地入りスタッフが病気やケガを負った新しい子どもたち5人を連れてガンビアを発ちました。協力病院は、この子どもたちの治療を無償で引き受けて下さる予定です。この子どもたちも治療を終えた後、健康に新しい人生を歩む希望とともに、家族の待つ母国に帰るのです。

カンボジアでのプロジェクト活動

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Japanese version of article „24. Projektreise vom Friedensdorf nach Kambodscha beendet“,orgininally posted on 27th of September 2016 2016年9月17日から24日までの間、ドイツ国際平和村代表トーマス・ヤコブスと職員マリア・ティネフェルトが、現地プロジェクト活動の様子を把握するため、東南アジアの一国であるカンボジアを訪れました。ドイツ国際平和村は、2002年以降、カンボジアの特に人里離れた地域に、基礎健康診療所を建設するプロジェクトを行っています。 ドイツ国際平和村が設立された当時は、ベトナムへの援助を行っていました。現在は、そのベトナムに隣接したカンボジアで、この貧しい国のインフラが整い、よりよい生活状況になるよう、現地プロジェクト活動を進めています。カンボジアでも旅行者が増えている地域もあり、道路工事に資金や労力を注いでいますが、地方に住む人々の生活は酷い状況です。 雨期に主要路以外の砂利道などを使うと、四輪駆動車でも、10キロの距離に1時間もかかります。また、地方に住む人々はほとんどが農業従事者で、学校も医療処置が受けられる場所も彼らの近くにはありません。だからこそ、カンボジアには、まず初期治療が受けられる基礎健康診療所が必要となってくるのです。 ドイツ国際平和村チームは、訪れた基礎健康診療所が効率的に機能していること、そして、「基礎健康診療所建設プロジェクト」の必要性を改めて感じました。28ヵ所目となる基礎健康診療所は、来月末に完成します。また、この視察で訪れた多くの場所で、診療所の必要性が見られ、新たな建設の依頼も受けました。いくつかの基礎健康診療所が、来年または再来年建設される見通しです。カンボジアの気候を考え、いくつかの基礎健康診療所は、高床式に建てられなければなりません。プレイベン州やトボンクムン州のような多くの地域では、何ヶ月もの間、水害があり、ボートで移動しなければなりません。基礎健康診療所の周囲12キロに住む約6,000人もの住民にとって、初期治療、妊婦検診、出産、予防接種が受けられる基礎診療所があることは大きな財産です。 また、この国では、何十年もポルポト政権が続いたため、支援がまだまだ必要です。小児病院は、数軒、大きな都市にしかありません。また、整形外科の専門病院は1千5百万人が住むこの国に、たった一軒しかありません。 代表トーマス・ヤコブスと職員マリア・ティネフェルトは、Knorr Bremse財団が援助している幼稚園プロジェクトも視察しました。この幼稚園はプノンペンのゴミ山で生活する子どもたちが通っています。この子どもたちを支援するプロジェクト内容にも賛同し、支援を行う予定です。 今回のカンボジア訪問においても、長年、共に活動を続けてきたカンボジアの現地パートナーとの協力関係、それに不遇な生活状況にあるにも関わらず、この国の人々が愛情溢れ、生きる喜びに溢れていることに、胸を打たれました。   … Weiterlesen

天気に恵まれたドルフフェスト2016

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Japanese version of article „Dorffest lockte viele Besucher“,orgininally posted on 12th of September 2016 2016年9月12日付 9月とはいえ夏の日差しの強さを感じさせた先週土曜日、ドイツ国際平和村の毎年恒例のお祭り「ドルフフェスト」に、近隣から、また、遠方からも多くの皆さんがお越しくださいました。 今年のステージプログラムは、音楽がメインで、多くの観客を魅了していました。クラッシックオペラからフラダンス、和太鼓のグループTAIKO-KIDS、メナーコーアとさくらコーアによる混声合唱、そして最新のヒップホップ曲にR&Bやネオ・ソール。もちろん、平和村施設で生活している子どもたちによる発表もありました。 午後3時からは、「Youth 4 Peace」というプロジェクトに参加した人々の表彰がありました。これは、ドイツ国際平和村・平和教育部門が中心となって他のオーバーハウゼン市の団体とともに進めていたプロジェクトで、ドイツ各地からの応募がありました。「誰もが積極的に平和のためにできることがある」ということをモットーに、それぞれのグループがアイディアを実行しました。当日お越し下さったオーバーハウゼン市市長が、アイディアの多様さを高く評価して下さいました。 ステージプログラムに加えて、多くのスタンド屋台が訪問者を楽しませていました。ジャム、オリーブオイル、アクセサリー、雑貨、平和村のパケットアクション用のパケット など、様々な物が新たな持ち主の手に渡りました。福引のトップ商品に喜ぶ人々もいました。もちろん、多くの訪問者が様々な料理に舌鼓を打ちました。アフガニスタン、アンゴラ、トルコ料理に加え、ドイツでよく見かけるジャガイモ料理、春巻き、焼きアーモンド、クレープ、ワッフル、ケーキ、グリルなどのスタンドがありました。 このドルフフェストから、今年のパケットアクション活動が始まりました。これは、アルメニア、ナゴルノ・カラバフ、そしてタジキスタンの困窮にある人々への援助活動です。今もなおこれらの国々では生活に苦しんでいる人々がいます。この活動によって、日持ちのする食料品などが詰められたダンボール箱が、厳しい冬を乗り越えるための糧になるだけでなく、人々に勇気と希望を送ることにもつながっています。 ご支援、ご協力下さった多くの皆様のお陰で、今年のドルフフェストも大成功を収めることができました。ありがとうございました。 写真:平和村の子どもたちを巻き込みお祭りを盛り上げたJ-JDさんのステージ  

2016年8月2日 カブール

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Japanese version of Afghanistan Blog アフガニスタンの人々の状況が過去数か月で、さらに悪化している印象を受けました。地方から危険な道のりを経てカブールまでやってきた家族から、私たちが聞いた話はとても悲しいものです。例えば、すでに7人の子どもを失った母親がいるといった話です。 しかし、ここカブールでは、素敵な経験や出会いもあります。以前、ドイツ国際平和村が受け入れた子どもたちがすでに父親や母親になっていることもしばしばあるのです。この“かつての子どもたち”との再会は感動的です。私たちが“ドイツ国際平和村と赤新月社チーム”として、ドイツで治療を受けた子どもたちに希望溢れる未来への望みを与えたというだけではなく、子どもたち自身がこのチャンスをきちんと活用していることを、この再会が証明してくれます。身体的な制限があっても、周りの人を手助けできることや国籍や宗教が異なっていても、共に平和に生活することが可能であるということを子どもたちはドイツで経験しています。それらの経験が、彼らが目指す未来をさらに支えているのです。 ある男性に再会しました。彼は、紛争で受けた怪我の治療を1998年にドイツで受けました。気管切開と脚の切断手術を受けましたが、現在仕立て屋として仕事をこなし、3人家族の大黒柱となっています。ユーモア溢れ明るい性格の彼は、どんな状況も乗り越えていけることを私たちに示してくれています。 16歳の女の子との再会も印象的でした。やけどを負い、ドイツで何度も手の手術を受けました。当時はほとんど動かせなかった両手が、今では様々な生活の場で活用されています。現在彼女は学校へ通い、ほぼパーフェクトな英語を話します。彼女は自分自身の手で英語を書くことができることも見せてくれました。将来の夢は医師になり、自分がドイツ国際平和村に救ってもらったように、たくさんの人々を助けることだそうです。 たくさんの出会いがありました。この出会いが証明してくれることは、ドイツ国際平和村の活動が、たとえ焼け石に水だとしても、意味があるということです。私たちすべてのスタッフにとって、たくさんの皆さんからいただく、さまざまな支援のおかげで、子どもたちにポジティブな転機を与えられることは、大変ありがたいことです。今日も、ある7歳の少女との出会いがありました。彼女は西アフガニスタンの山岳地帯からやってきました。父親は、自身も戦争で両足を失いました。彼は山岳地帯からその州の州都まで、重傷を負った娘と移動しました。そして、そこからカブールまでは飛行機での移動です。この移動のため、父親は借金をしなければなりませんでした。帰路にはバスを使う予定で、6日もかかると話していました。父親が娘のために尽力したことが敬服に値すること、そして、少女が患っている重度の骨髄炎のドイツにおける治療が決まったことを、現地パートナー団体がこの父親に伝えたところ、威厳を大事にする父親が大粒の涙を流していました。 ここアフガニスタンでは、テロリストには出会いませんと断言したいです。そうではなく、ここには絶望した家族たちがいます。彼らは世界の誰もが願うことを待望しています。それは、健康であることと保障された将来の見通しです。空腹、痛み、不安、絶望に制されるのではなく、少なくとも最低限の「衣食住」の確保と人権が保障されることです。アフガニスタンは、まだそこまで辿り着いていません。そのために、私たちは力や手段、可能性や想いを投資するべきです。 外国の軍隊の駐留が、この国の治安をますます劣悪にしたとは断言できませんが、ヨーロッパの政治が、過去何十年もの間、平和な世界の実現や、人々が難民として故郷を離れる原因を阻止することができなかったことを忘れてはいけません。何億万ドルもの軍事費支出は、この国の構造改革に活かされたとは言えないでしょう。ドイツ国際平和村は何度も訴えてきました。平和は戦争では作ることができないと。社会構造の改善こそがテロを撲滅し、平和な世界を構築するためのチャンスなのです。 2016年7月31日 カブール ハロー、皆さん。 この4日間、私たちはここカブールで何百もの家族との面会を行いました。家族は、ケガや病気を抱えた子どもたちが治療を受けられることを一心に願って、現地パートナー団体までやって来るのです。 誇り高き父親、絶望した様子の母親、何度も感謝の言葉を述べてくる祖父、痛みに我慢強く耐えている子どもたち、喜びで笑顔にあふれている叔母、不安げに見つめる叔父、興味津々に様子をうかがっている兄弟姉妹、私たちは、たくさんの家族とその子どもたちに出会いました。家族とその子どもたちは、アフガニスタン各地から現地パートナー団体のオフィスまでやってきます。その中には、農業や日雇い労働として生計を立てている人々もいますが、教員やエンジニア、ビジネスマンとして働いている人たちもいます。貧しい人々と比較的余裕のある暮らしをしている人々の違いは、すぐに分かります。立ち居振る舞いでもですが、子どもたちが抱えている病気やケガの症状でもそれがうかがえるのです。支援を必要としている子どもたちの家族が皆、現地パートナー団体のあるカブールまで危険も伴う長い道のりを超えて来ることができるわけではありません。それはつまり、私たちは治療が必要な子どもたち全員を支援することはできないということです。地方に住んでいる家族にとって、現地パートナー団体までの道のりには、多くの障害がはばかっているのです。 一方、ドイツに来ることになった子どもたちは、その家族にとって、そして現地パートナー団体の人々にとって大きな希望となります。現地パートナーは、私たちの活動のオーガナイズや、子どもたちの渡独に向けて必要になる書類を、かなりの労力とエネルギーをかけて準備してくれています。 昨日、最初に申請した子どもたちのパスポートも手元に届きました。私たちは、子どもたちとの面会と同時進行で、現地パートナーと協力して、ビザ申請のために必要な書類を準備しています。この書類は、アフガニスタンにおいて今なお悪化している情勢下では、用意するのが簡単ではないものが少なくありません。 ドイツ国際平和村がアフガニスタンの支援を始めてから28年になり、今回の援助飛行は74回目です。今回も、子どもたちのための支援を滞りなく行えることを願っています。   2016年7月29日 カブール おはようございます、皆さん。 私たちは27日(水)に、アフガニスタンの首都カブールに着きました。アフガニスタン現地パートナー団体の赤新月社には、すでにケガや病気を抱えた子どもたちとその家族が私たちの到着を待っていました。私たちは今日も朝早い時間から、子どもたちとその家族との面会を行っています。家族が私たちとの面会のために、長い時間辛抱強く待ち続けていることには、ただ驚くばかりです。  

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